
イエティー
ヒマラヤ山中 |
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イエティとは現地の言葉で「岩場の怪生物」という意味である。 そしてもう一つ「雪男(現地語でカング・ミ)」の名でも有名である。 イエティの存在がクローズアップされたのが1889年イギリスの陸軍中佐L.Oウォーデル氏 がインドのシッキム州北東部の標高5200メートル付近で巨大な足跡を発見する。 9年後にイギリスに戻った氏はその目撃を「ヒマラヤの山の中」と言う本に掲載し、イエティ の存在が世間に知られるようになる。 また研究家がイエティの情報を集めているうちに3種類のイエティがいるのではないかと言 われるようになる。 1つ目は「リミ」という体長2.4mで標高2400mに棲むイエティ 2つ目は「ニャルモット」という体長4.5mでヤギやヤクを食べる肉食イエティ 3つ目は「ラクシ・ボンポ」という穀物を食べるイエティの3種類である。 特に2つ目のニャルモットは強暴で人間を襲う事もある危険なイエティだそうだ。 |
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1832年 ネパール在住のイギリス人、B・H・ホジソン氏がイギリスの科学雑誌にヒマラヤに住む怪物に関する文を載せる 1889年 イギリス陸軍ウォールデル中佐がインドのシッキム州山岳地帯の標高5200メートル付近で巨大な足跡を発見する。 1914年 イギリス人の山林管理人J・Rゲント氏がシッキム山中で巨大な足跡を発見する。 1915年 シッキムの首都に住む老人が僧院においてあったイエティの剥製を目撃する。 1921年 イギリスの第一回エベレスト調査隊隊長ハワードベリー中佐がラクバ・ラの標高6300メートル地点でイエティの物と思われる巨大な足跡を発見する。 1925年 ギリシャの博物学者トムバジ氏がネパールのゼム氷河の標高4600メートル地点で イエティを目撃した。イエティは棒のような物を使って木の根を掘り起こしていたように見え た。その後氏はイエティの事を「アボミナブル・スノーマン」(忌まわしい雪男)と名づけた。 1931年 イギリス空軍のE・B・ボーマン中佐がガンジス川の源の地方でイエティの物と思われる足跡を発見する。 1937年 F。スマイス氏が標高6000mのビュンダー渓谷で洞窟にまでつながっているイエティの物らしい足跡を発見する。 1939年 地元住民がイエティが水を飲みに来ると言われているシッキムの貯水池の周辺にアルコール飲料を入れた木のタライをおいたところ、それを飲んだイエティがすっかり泥酔してしまったそうだ、住民達は、イエティを柱に縛りつけたが、酔いが覚めたイエティはその綱をひきちぎり逃げたと言う。 1942年 シベリア捕虜収容所から脱出したポーランド人5人が、ブータンとシッキム国境付近のチュンビ渓谷で大きいイエティと小さいイエティの二頭を目撃する、ポーランド人達はイエティを避けて通る為回り道をした、するとその道中に長さ60cm幅20cmの巨大な足跡を発見する。 1944年 カシミール地方のリーダーワットで山の斜面を右左とジグザグした動きで飛び跳ねて降りてくるイエティを3人の人が目撃した。 1947年 ネパールのパンボッチに住む住民が目の前50mの離れた所から逃げて行くイエティの姿を目撃する。 1949年 パンボッチの住民が唸り声をあげているイエティを目撃する。 1949年 イエティがタイアンボッチの僧院に現れ、僧院の僧侶達は銅鑼やラッパを吹きイエティを追い払った。 1951年 イギリス人登山家エリックシプトン氏と医者のマイケル・ウォード氏は、エベレストの標高6000メートル付近で巨大な足跡を発見し写真で撮影、その足跡は延々1600mも続いていたのだった。 1952年 日本のマナスル探索隊に参加していた毎日新聞の作節氏がイエティの足跡を発見する。 夜にはキャンプ近くでイエティらしき黒い影を目撃する。 1952年 ニュージーランドの登山家E・ヒラリー卿は登山中に奇妙な体毛を発見する。 1953年 登山家E・ヒラリー卿は登山中にイエティのものらしい足跡を発見する。 1954年 イギリスの「デイリーメール」紙が組織した探検隊が2頭のイエティのものらしい足跡を発見する、またヒマラヤのパンボチェ寺院他2つの僧院でイエティらしき頭皮も発見。 1955年 フランスの地質学者P・カトリック氏がイエティのものらしい足跡を発見し写真に撮影する。 1957年 アメリカの大実業家トムスリック氏がイエティ探検隊を組織した。 第一回目の捜索でイエティらしき生物を目撃する。 1958年 トムスリックが組織した探検隊が2回目のイエティ捜索を行う。 1959年 トムスリックが組織した探検タ隊が3回目のイエティ捜索を行う。 1959年 日本のイエティ探検隊が巨大な足跡を発見。 イエティと思われる頭皮から毛を数本持ち帰り動物学者達が分析する、結果はどの動物の毛なのか結果はでなかった、さらに類人猿から人に近い霊長類の可能性も否定できないと発表される。 1960年 E・ヒラリー卿がヒマラヤのクムジュンガ寺院にあったイエティらしき頭皮を持ち帰り専門家に分析させる、その結果「カモシカの頭皮」と判明する 1961年 チベット政府は「イエティは生存する」と公式発表し、イエティに懸賞金1万ドルをかけた。 1970年 D・ウィリアンズ氏は標高4200m付近でイエティと思われる足跡の筋を発見。 そして双眼鏡で類人猿のような姿をした黒いサルを発見する。 1986年 イエティ否定派だった登山家R・メスナー氏が10mの至近距離でイエティに遭遇 1986年 物理学者A・B・ウールドリッチ氏がインド ヒマラヤ北部で150m離れた所からイエティらしき動物を目撃しカメラで撮影する |
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クマ説 オランウータン説 ネアンデルター人説などがあげられているが もっとも有力視されているのがギガントロピテクス説である |